リトル・ダッキー

『ダッキー、空を飛ぶ』

 気が付くと、ダッキーは空を飛んでいました。
  もちろん、ダッキーは今まで一度も空を飛んだことはありません。
  リトル・ダッキーは、どこにでもあるあひるのおもちゃだったのですから。
 
  「ほほほぃ。これがホントに空を飛ぶことなんだなぁ」と、嬉しくなってダッキーはスィー、スィーッと雲の間をすり抜けました。
 
  見下ろすと、遥か下のほうに小さくあなたが歩いているのが見えます。
  「おーーい」とダッキーは呼んでみましたが、あなたは聞こえないようです。
  ダッキーは面白くなって、そのまま上空からあなたを追いかける事にしました。買い物袋を提げて歩くあなたは、階段を下りながら靴が脱げそうになり、よろけた拍子にハイヒールのかかとがマンホールの穴にはまり、最後にドシンと尻もちをつき、買ってきた卵を全部割ってしまいました。

 「相変わらずだなぁ」とダッキーが呟いた時、突然強い風が吹いてきてダッキーはぐうぅぅんぐるぐるぐると飛ばされてしまいました。
  びっくりしたダッキーがようやく体制を立て直した時、ダッキーは見知らぬ山の中を飛んでいました。
  「え?え?どこだここ?」とダッキーが辺りを見回すと、「キェーン、キェーン」と不気味な鳴き声で巨大な鳥がものすごいスピードでこっちに向かってくるところでした。
 
 どうやって逃げたのか分かりませんが、ようやく怪鳥を振り切った時、ダッキーは海の上を飛んでいました。見渡す限り、陸地も島影も見えません。心細くなって、ダッキーは飛びながら、ちょっとだけ泣きました。
 
  一体、どのくらい飛んでいたでしょう。お腹が空き、めまいがしてきましたが、飛ぶのを止めることはできません。飛びつづけなければ、海に落ちてしまいます。そしたら多分、二度と飛べなくなるでしょう。

 「ダッキー、ダッキー…」
  遠くから、ダッキーを呼ぶあなたの声が聞こえてきました。
  ダッキーは、それが自分を呼ぶ天国からの声だという事が分かっていました。もう、終わりなのかと思ったら、少しさびしくなりました。
  もっとあなたとお話がしたかったな、とちょっとだけ思いました。

 
  そして、ダッキーは力突きて、海に落ちました。
 
 
  気が付くと、ダッキーはお風呂場にいました。
「ねぇ、ダッキー。ちょっと聞いてくれない?」
  あなたが、体も流さずにザブンと浴槽に入ってきました。
 
  リトル・ダッキーはちいさなあひるのおもちゃです。
  今日も元気に、お風呂に浮かんであなたの話を聞いています。


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